ポニョの妹たち

全国高校将棋選手権 女子団体優勝 長野県岩村田高校将棋班(全国高総文祭みやざき2010 将棋)

赤いジュータンに覆われた広いホールの中央には長机で囲まれた空間が存在しました。
その囲いの外では数え切れないほど多くのギャラリーが、カメラのフラッシュを光らせています。
注目の中心には、6人の女子高校生が将棋選手権大会団体戦の決勝を戦っていました。
既に大将戦(内堀)と副将戦(井出)は終局し一勝一敗、場内全員の目が最後の一局
三将戦(小林)の行く末を見守っていました。
「負けました」相手の選手が投了すると、場内は歓喜の言葉と両チームをたたえる惜しみない拍手が鳴り響きました。
優勝は岩村田高校、彼女たち3人の愛称は「岩仔ちゃん」あの「ポニョ」の妹たちです


賢島の悔しさを胸に

今から1年前、三重県の賢島で行われた将棋全国大会団体戦、その準々決勝でポニョは力尽きました。その場に泣き崩れて座り込む3年生のポニョ、棋譜をとって応援していた1年生も悔しくてうなだれていました。部屋に引き上げてから私たち7人は、みんなで泣きました。その夜は、いつまでも、いつまでも涙が止まりませんでした。

 

その後ポニョたちは後輩へ夢を託して卒業して行きました。
残された私と1年生は、賢島の悔しさを忘れませんでした。1年生は自分たちを岩仔ちゃんと命名し、雪辱に燃えました。先輩からもらった将棋の本は、表紙がすり切れてぼろぼろになるまで読み込みました。

 

長野県内はもちろん静岡、新潟、山梨まで遠征に行きました。長野県名人の先生たち、支部道場の先生たち、信州大学の皆さん・・・多くの皆さんに指導を受け続けて1年間。
出発前にクラスメイトから届けられ千羽鶴をかばんに詰め込み、宮崎に乗り込みました。

 

祈りを込めて3人と固い握手を交わし、偵察に向かいました。初戦は緊張せずに落ち着いて指し続ける岩仔ちゃん(大将内堀、副将井出、三将小林、一度決めたオーダーは最後まで変更できません)そんな三人を尻目に、黙々と情報収集にあたりました。
将棋盤で戦うのは選手。会場を走るのは監督。

 

これから戦うであろう強敵を分析し、短時間で弱点を見つけ出す。そしてより有効な戦法を指示するのが私の役目。 私たち4人にとって長い、長い二日間がスタートしました。
 しばらくして戻ると、うまく技が決まって3人とも勝利。幸先の良いスタートを切りました。応援に来ていた保護者も胸をなで下ろしたことでしょう。


予選2回戦対山口県代表

対戦相手発表前に相手を予想して、3人に戦法の指示を出していました。スクリーンに映し出された相手はやはり山口県。昨年の3位の強豪です。 岩仔ちゃん最初の難関です。
試合は私の予想通りの展開となり、3人とも指示通り差しているものの、内堀は大苦戦、井出、小林も苦しい将棋になっています。見ている私でも打開策は発見できない状況です。間もなく井出無念の投了。しかし内堀、小林とも意地の粘りで逆転に成功。岩村田は本当に苦しい将棋に勝利しました。

 

予選3回戦対千葉県代表

休む間もなく強力なライバル登場。日本中の高校の目標、昨年の女子チャンピオン幕張総合高校。岩村田は先輩のポニョの時代から打倒幕張総合に懸けてきました。それほどの強敵なのです。
ここでも戦型の予想は的中、なんと井出が序盤早々に得意の右四間を炸裂、自信に満ちた手つきで敵陣に迫っています。しかし内堀、小林はまたしても苦しい展開に。
 なんとこの直後、井出に疑問手が出てしまいました。冷静に考えれば気づく手ですが、ここは全国大会しかも2年生の井出を誰も責められません。その後、本当によく頑張りました。どんなに駒を取られても、最後まで相手の王を狙っています。頭に金が乗り力尽きて悔しそうに投了。

この井出の頑張りを感じ取った内堀が大将の意地を見せます。お互い秒読みに追われて、将棋を差し続けています。内堀は本当に強くなったと感じました。
三将戦は逆に相手にミスが出ました。わずかなチャンスを生かして小林が頑張りました。
3人共まるで本番の戦いの中で、成長しているように感じました。
こうして岩仔ちゃんは大きな、とても大きな一勝を手に入れたのです。

 

予選4回戦対愛知県代表

この段階で岩村田は本戦トーナメント進出を決めていました。
 岩仔ちゃんが先輩ポニョに肩を並べた瞬間です。
いよいよ登場は愛知南山高校、私立の中高一貫校でここの選手は中学から将棋を指しています。当然ここまで全勝、しかも誰も負けていません。無傷で岩村田の前に立ちはだかりました。
試合開始、息の詰まるようなねじり合いが続きましたが、その強さは本物でした。
彼女たちの指先から高度な手筋が連発し、みるみるうちに井出、小林は劣勢に追い込まれて行きました。とても女子高生とは思えない差し回し、つけいるスキが見当たりません。
ただ一人内堀が善戦したものの終わってみれば全敗、とてもかなう相手ではないと思えるほどでした。

傍目には大会の勝敗は選手の力がすべてと思われがちですが、大きな違いがあります。
特に団体戦は選手の体調管理と気持ちの切り替えがポイントとなります。強い選手は自分でコントロールできますが、普通の女子高生には無理と思います。
 チームのムードメーカー井出がここまで一勝しかしておらず、落ち込んでいました。
私は「愛知南山はエースを副将に組んでいること」や「井出自身はよく頑張っており、幕張戦で見せた粘りを続ければ、必ず勝利の女神が微笑む」ことなど話して、元気付けました。

準々決勝の相手は、なんと千葉幕張総合高校。本日2回目の対戦となりました。
わずか1時間程度の休憩中に選手の気持ちを切り替え、なおかつ適切な戦術のアドバイスができるかどうか。この休憩時間が全てと感じていました。ポニョと過ごした歳月は私を監督としても大きく成長させてくれました。

 

内堀への指示は「とにかく得意戦法で行け」です。内堀には絶大な信頼を置いています。大事な試合ほど逃げてはいけないと感じました。大将の彼女が得意戦法で負けたならそれまで。小細工はいらない。
井出がキーを握っていることは確かです。彼女の笑顔と元気がチームには必要です。
井出の取り柄は思い切りのよさ。先ほどと同じく右四間で思い切り攻めるように指示。そして、最後にもう一度定跡を確認しました。

 

小林には昨年の3年生ポニョの三将が奇跡の逆転を披露した幸運の戦法を使うように指示しました。今日の小林は冷静で局面がよく見えている。彼女の粘りの一勝に大きな期待を寄せました。

 

一通り指示した後は冗談を飛ばして3人を笑わせることに気を遣いました。ふと周りを見回せば、眉間にしわを寄せて熱く研究と検討を続ける他の高校。対照的に冗談と笑顔が飛び交う岩仔ちゃん。心の中で行けると感じていました。
 念を込めて3人と握手を交わし、送り出しました。


いよいよ対局開始。
夕方の5時を過ぎ、試合数も5試合目に入っています。既に疲れがピークに達しており、この大事な試合に3人そろって大きなミスが出てしまいました。
 内堀は主力の飛車を捕獲され窮地に追い込まれ、井出は見落としから自陣に敵駒が殺到、小林は勘違いから銀丸損となり、誰の目にも幕張優勢は明らか。3人とも徐々に追い込まれながら、対局時計の無情な電子音に急かされて着手を続けました。
 一年間ほとんど毎日放課後の地学室で盤を並べて頑張った3人。弁当を片手に、私の指導についてきた彼女たち、将棋を辞めたいと悩んだこともありました。ポニョの思い、私の夢、大きな期待を背負って猛攻に耐える彼女たち。これ以上見ていると泣いてしまいそうで、たまらなく会場から外へ逃げ出しました。


 しかし自分の生徒を信じよう最後まで見届けようと思い直して会場に戻りました。じっと耐え続けている井出の目はまだあきらめていませんでした。
チームのエネルギー源の井出が内堀と小林を支えているのがよくわかりました。勝利を目前に手が縮こまっている相手に比べて闘志と気力で向かって行く岩仔ちゃん。

 

彼女たちは私の想像以上に、一戦ごとにますます強くなって行きました。
奇跡とはその人の気力と精神力で呼び込むものなのかもしれません。
井出の奇跡が小林の奇跡を誘発し、副将、三将の見事な逆転劇で、ベスト4をもぎ取りました。 大将が負けて他の二人で守りぬいたこの勝利はとても大きいものです。

 

ようやく1日目が終了し、ふらふらで宿へ戻った岩村田に驚きの情報がもたらされました。 優勝候補の一番手と目された、昨年2位の岡山が敗れたというのです。
いかに強豪高といえども負けることがあるのだと実感しました。
夕食の時、同級生や先輩から届いた、たくさんのメールを見て、改めて愛知南山打倒に勇気が沸いてきました。

 


準決勝対徳島県代表

翌朝、彼女たちの部屋に残された前日の将棋の棋譜の数々を見て今日の優勝を確信しました。疲れて帰ってからもその日の将棋を反省して研究を重ねた彼女たちは決して負けないと思いました。

 

準決勝徳島県代表は副将がエースのチームでしたが勢いに乗った井出が見事撃破、このときの井出は本当に強かった。中盤の苦戦もものともせず光速の寄せで勝ちきりました。内堀は大将らしく余裕の勝利、頼りになります。小林も実に苦しい将棋でしたが前日同様に耐えて、耐えて見事乗り切りました。小林のどこに、この粘り強さがあるのだろうか。
結局3人とも勝ちきって決勝進出となりました。


決勝対沖縄県代表

今の今まで決勝戦は愛知南山を予想していたところ、なんと準決勝で沖縄県代表に敗れたと知りました。
苦戦を覚悟した愛知南山を思えば、ブランドもなく戦法も技量も全く読めない初手合いの沖縄県代表は、余計なことを考える必要もなく無心に将棋に集中できるので、かえってよかったのかもしれません。
決して楽な試合にはなりませんでしたが、既に岩村田の勢いは止められない空気を感じていました。
岩仔ちゃんは周りから多くのフラッシュの中、自分の将棋に集中していました。


読売新聞取材中


ふり返れば

今大会の流れは準々決勝にあったと思います。まさに井出の元気と根性が窮地を救ったと言っても過言ではありません。
大会全体を通して内堀は本当に頼もしく感じました。優勢なった後の彼女は安心して見ていられました。
小林の粘りは本当に立派でした3人の誰が欠けても今回の優勝はあり得ませんでした。本当にすばらしいチームだと思います。

彼女たちが将棋を始めてわずか1年と誰が信じるでしょうか。
 ポニョが切り開いた道、先輩を信じて岩仔ちゃんが突き進んで勝ち取った優勝
私の教員人生においてポニョといい岩仔ちゃんといいすばらしい生徒に巡り会えたことに感謝します。

 

みんな苦しい練習についてきてくれてありがとう。私を信じてくれてありがとう。
岩村田を支えてくださったすべての皆さんに感謝し、御礼を申し上げます。
ありがとうございました 。
 岩仔ちゃん来年も頑張ってください。日本の頂点に立った女子高生の名前は岩仔ちゃん。
ポニョの妹「岩仔ちゃん」です。