岩村田女子団体三部作 第3章 岩仔ちゃん


プロローグ

 あれから1ヶ月。

 先日、あらためて福島大会の写真を見るとみんな生き生きと真剣に戦っていて、いろいろ思い出して熱いものがこみ上げてきました。

 転勤して将棋を教える機会が、なくなってみると「ポニョ」「岩仔ちゃん」と過ごした全国大会は本当に私自身の宝物だと感じました。
 将棋フェスティバルで佐藤、堀内と久しぶりにたくさん話して元気が出ました。

 やる気のある男子部員と力いっぱい毎日将棋を指せたことは、本当に幸せなことだったと感じています。
 全国大会で、はらはらしながら彼女たちの対局を見守ったことも懐かしい思い出です。
 いろいろ苦労もありましたが、今更ながら岩村田の将棋部は私の生活にはなくてはならない存在になっていたことに気付きました。

 ぜひとも 「岩仔ちゃん」最後の大会の記録も残せたらと思いました。

2011年9月

土屋稔


2010年11月

 岩仔ちゃんたち3人は今まで経験したことがない不振にあえいでいました。将棋新人戦の全国大会、その長野県予選で大苦戦していたのです。
 宮崎の全国大会の時のような技の切れはなく、どことなく精彩を欠き、後輩や他校の生徒の猛攻を必死に耐え忍んでいたのです。
 大将の内堀は岩村田高校後輩の関に逆転負けを喫し、4位ギリギリで最後の出場権を獲得。
 副将の井出も予選で関に土をつけられながら、かろうじて2位を堅持して、全国優勝組のプライドを保ちました。

 三将の小林は善戦もむなしく伊那北の1年生に惜敗して全国大会への道が絶たれたのです。

ふくしま総文祭 将棋部門開会式

2010年8月

 遡ること3ヶ月、全国優勝し日本の頂点に立った3人には多くの注目が集まっていました。

 学校も佐久市も祝勝歓迎のセレモニー、マスコミにも何回も取り上げられて、県庁への表敬訪問にも行きました。いやがうえにも2連覇への期待も高まり、当然ながら本人たちも有頂天でした。

 しかし、すでに次回の全国大会(福島大会)は水面下で静かなスタート切っていたのです。日本中の女子高校生が打倒岩村田「岩仔ちゃん」を目標に動き出していました。全ての手の内をさらした3人は、戦法や棋風、弱点等、あらゆる角度から研究されていったのです。その動きは長野県内でも他校はもちろん後輩も含めて顕著になっていました。

 さらに彼女たちの最大の敵は既に自分自身の心の中に巣食っていったのです。
 全国優勝した自分は県予選では負けるわけにはゆかない、当然後輩にも負けられない。
 マスコミやギャラリーが見ている前で中途半端な将棋は指せない。
無意識のうちに心に宿った「おごり」「高ぶり」「プライド」などが3人を苦しめていったのです。

 


優勝旗返還

不安

 以前は、こまめに足を運んだ一般の将棋大会からも遠ざかり、部活でも後輩や男子に負けることを気にするあまり対局数も減り、私以外の人とはあまり将棋を指さなくなってゆきました。将棋から遠ざかれば私は、もちろん本人の目にも力の衰えは歴然としてきます。

 「おごり高ぶり」は、いつしか姿を潜め「不安」という新しい敵が頭をもたげます。

 12月になったころ県予選で敗退した小林が突然、将棋を辞めると言い出しました。岩仔ちゃんと私の4人で腹を割っての話し合いが始まりました。小林抜きでの岩仔ちゃんは、ありえないことや、4人で一緒に造ってきたチームは他にないこと。4人で過ごした遠征の思い出話。輝いていた宮崎の全国大会。次から次へと話は止まりませんでした。

 内堀も井出も小林を説得しながら必死に自分自身に問いかけていました。既に私の中で3人との将棋は生活の一部となっていました。熱く語るうち気がつけば涙が溢れて彼女たちの顔が見えなくなりました。

 パソコン室を出るころには4人の思いは一つになり、遠く福島県(全国大会)を目指していました。

 


選手宣誓

 

大会直前

 4月の人事異動で私は近隣の高校へ転勤となりました。
 週末ごとに岩村田へ出かけて指導を続けましたが、本務高校の勤務もあり、思うような指導ができずに実践不足に陥りました。そうした中、受験勉強にも急き立てられ徐々に岩仔ちゃんのモチベーションが下がってゆくのがわかりました。

 このままでは勝てないと思い、平日も仕事の合間を縫って岩村田へ通いました。決して十分ではありませんがプロ棋士に来ていただいたり、アマ名人の指導を受けさせたり、自分なりに手を尽くして当日を迎えました。


予選1回戦・2回戦

 

 大会当日朝食のとき、不安で眠れなかった様子が見て取れました。とにもかくにもこの日は来てしまったのです。あとは3人を信じて送り出すだけです。私は全国理事会出席のため予選の1回戦、2回戦は観戦できません。祈るような思いで握手を交わし、会議室へ向かいました。

 2時間後、元気なく階段でうつむいている3人を見つけて恐る恐る結果を聞きました。

 1回戦の埼玉県は3―0で勝利してほっとしたようですが、2回戦昨年の準優勝沖縄県の昭和薬科大付属高校と対戦。内堀、小林の頑張りから2―1で勝利したものの井出が好局を落としたと落ち込んでいました。

 早速冗談を飛ばして、緊張をほぐした後、気分転換に気を使いました。

 

 


予選3回戦 対南山戦

 

掲示板に映し出された相手は強豪愛知県南山高校。

 今大会優勝候補No1と見ています。

 先輩のポニョの時代からの宿命のライバルです。昨年は予選で完封負けを喫しました。
 昨年のメンバー2人残し、さらにパワーアップして岩仔ちゃんの前に立ちはだかりました。私立の中高一貫校でここの選手は中学から将棋を指しています。3番目の選手ですら、1年生で三段です。

 相手の大将は内堀の戦法を熟知しており、研究し尽くしてこの大会に臨んできました。内堀最大の正念場を迎えました。井出は新人戦の後、新戦法を用意していました。実践不足が気になりますが、以前の戦法は通用しません。井出の1勝に期待が高まります。

 小林の相手は未知数の1年生です。小林の潜在能力に頼るしかありません。

 南山戦が始まると今までの不安は消え去り、3人は盤面に集中してゆきました。井出の新戦法が見事相手を捕らえました。内堀も飛車を捕獲されながら見事に寄せきって勝利。

小林は玉頭を打ち破ったものの、うまく逃げられて投了。激闘の末、2―1で見事南山に勝利。鉄の壁を打ち破ったのです。


予選4回戦 対青豊高校

 

休憩する間もなく4回戦のスタートです。

 相手は、福岡県青豊高校です。データーは何もありませんが3連勝で勝ち上がってきました。油断大敵と思っていると、井出に大きなミスが出ました。ほとんど負けになっています。

 内堀は罠に気づいて冷静に対応を始めました。

 小林は慎重に指しています。

 ここで井出が踏ん張り逆転勝利、残る2人も続き、結局3人とも勝ちきって3―0でした。

 ようやく調子が戻ってきました。


予選通過ちょっと一息

作戦伝授


準々決勝 またしても南山

決勝トーナメント1回戦(準々決勝)

 予選が全て終了し、場内がざわついています。
 掲示板には予選1位通過で第1シード岩村田と発表されました。ほっとしたのもつかの間。
 野沢南高校と愛知南山の勝者が岩仔ちゃんと対戦することになりました。

 どちらが来てもやりにくい相手です。長野から応援に駆けつけたアマ名人のSさんに空き時間を利用して南山対策を伝授してもらいました。

 果たして1時間後、勝ち上がったのは南山でした。またしても鉄の壁、愛知南山高校が、岩仔ちゃんの前に立ちふさがりました。

 しかし空き時間がもらえたのは幸いしました。Sさんの作戦も見事的中、序盤早々から小林、井出は、作戦勝ちとなっています。

 内堀は一進一退の激闘。

 小林が勝機を逃さず敵陣に攻め入って見事勝利し、貴重な1勝を手にしました。ところがここで内堀に痛恨のミスが出ました。相手の駒を見落として角をただで失い劣勢に立たされました。その後も、頑張りましたが、無念の投了となりました。

 勝負の行方は井出に託されました。やや優勢ですが勝ちきるのが大変な将棋です。井出は攻めを中断して全力で受け始めました。攻める南山、受ける井出。井出の駒台には徐々に持ち駒が増え、と金も相手を攻め始めました。そのまま押し切って勝ちました。

 顧問同士でがっちり握手しました。応援のSさんも含めて選手も顧問も役員T先生もまさに長野県が1つになった瞬間でした。


岩仔ちゃんの妹・個人戦長野県優勝者 関穂奈美 ベスト16

 

関穂奈美 ベスト8 表彰式


嵐の前


準決勝 対近大付属高校

 

2日目、準決勝の相手は近大付属高校です。昨夜のうちにある程度の対策は授けて試合に臨みました。開始直後、作戦通りのスタートを切りました。3人とも集中して順調に指し手が続きます。準決勝からはテーブルでバリケード作られていて監督も近づくことができません。
 開始から15分過ぎたころ小林の手が上がりました。対局でトラブルがあったようです。審判が駆けつけて、相手の2手指しでの反則審議が続きます。しかしながら審判団の不手際で時計が停止されていません。大会ルールでは本人しか抗議する権限はありません。自分の将棋に集中する内堀と井出。そのまま対局が再開されました。

 集中力が途切れた小林が平静を装って指し続けます。井出も受けを間違えて劣勢になっています。やりにくそうに戦う内堀が、粘る相手を振り切って勝利し、仲間を見守ります。

 しばらくして井出無念の投了。勝敗の行方は小林に託されました。審議で時間を消費したことと精神的なダメージが回復されないまま勝負の流れは大阪へ傾きました。間もなくして小林の投了となりました。泣き崩れる岩仔ちゃんに掛ける言葉が見当たりませんでした。

 特に小林は途中のトラブルが引っかかって将棋に集中できないままの投了で、納得がゆかず泣きじゃくっていました。精一杯戦った試合で負けたのならこんな泣き方はしないでしょう。彼女は正しいのです。

 この試合で勝利への執着心が掛けていたのは私なのかもしれません。指導者としてもっと何かできたんじゃないかと思うと、生徒たちに申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになりました。

 さらには対局数不足やモチベーションの面でもっともっと万全な状態で選手をこの大会へ送り込めなかった自分が情けないと深く反省しました。

閉会式

 閉会式で3位の席に座る岩仔ちゃん。3人ともうつむいて泣いています。
「去年の全国優勝と今年全国3位ってすごいじゃないか、良く頑張った。泣くことなんて何もない。堂々と胸を張って岩村田へ帰ろう」そう伝えました。

 一昨年、彼女たちの先輩「ポニョ」に同じことを言って泣いた自分を思い出しました。

 郡山駅で生徒たちを見送り、一人車に乗り込んだとたん全て終わったんだと思ったら、急に泣けてきました。

 しばらくしてメールが届きました。
「2年間ご指導ありがとうございました」
「先生に出会えてよかった」
「将棋をやっていてよかった」

 彼女たちから届いたメールを見たら、また目が潤んでハンドルが見えなくなりました。


「ポニョ」「岩仔ちゃん」岩村田で私が育てた娘たち。
共に過ごした素晴らしい思い出をありがとう。これからも元気に頑張ってください。


福島へご観戦に行かれた鉄血宰相先生(S先生)からのメッセージ

 各校の将棋部顧問の先生方、そして選手の皆様へ

 高校将棋選手権大会お疲れ様でした。

 岩村田高校は、連覇達成こそなりませんでしたが、予選4連勝で1位通過、そして予選、決勝トーナメントと2度にわたる南山高校の挑戦をはねのけての3位は、長野県代表として、また昨年の優勝校として立派な戦いぶりでした。

 野沢南高校は、次々と強豪校を撃破し、予選リーグを3勝1敗で勝ち抜いて決勝トーナメントに進出しました。
 決勝トーナメントでは、南山高校と対戦しました。
 この一戦に勝っていれば、目標としていた岩村田高校と対戦できただけに残念だったと思いますが、あと一歩及びませんでした。
 来年は、今回のメンバーの内2人が残り、後輩も育ってきていますから、来年の活躍が楽しみなチームです。

 男子団体の松本深志も予選で、勝利をもぎとりました。
 来年は、ここまでチームを引っ張ってくれた中村君の思いを1年生二人が必ずや受け継いでくれると思います。

 個人戦では、岩村田高校の関さんが、見事ベスト8に入りました。
 予選3勝1敗で通過しました。その一敗は昨年優勝の小山田さんした。
 決勝トーナメントでも見事に2連勝しましたが、1日目最後の試合(7試合目!)で、今大会優勝した北村桂香さんに阻まれました。
 昨年、今年の優勝者に敗れただけのベスト8というのは、本当に見事だったと思います。

 野沢北高校の武居さん、男子個人の中原君も予選リーグで、勝利を手にしておられました。

 今回の出場選手の皆様は、長野県代表として、立派に戦われました。
 この大会を最後に引退される3年生の皆様は、胸を張って全国大会の様子を語り、夢を後輩に引き継いでください。
 1、2年生の皆様は、先輩の夢を引き継いで、なおいっそうがんばってくださいね。