岩の上のポニョ伝説

岩の上のポニョ伝説 ~奇跡の軌跡~

平成19年4月~平成21年8月

 将棋の駒に触ったことのない女の子3人が、2年ちょっとで全国大会5位という快挙を勝ち取る物語を長野県将棋情報サイトはリアルタイムで見てきました。

 学校での活動はもちろんですが、県内各種大会・イベントに積極的に参加して腕を磨いてきた彼女たちはじめ岩村田将棋班の努力をアマチュアはもとよりプロの先生方も応援してくださっていました。

これまでサイトのレポートで紹介してきた彼女たちの軌跡を振り返ってみたくて、メモリアルページを作りました。

 彼女たちが将棋で流した涙と成長の物語です。


平成18年5月 高校竜王戦東北信予選(小諸)

ポニョのお姉さんが野沢北で活躍していました。(通称北高ビューティ)このとき、妹が岩村田に入学して将棋班に入ったと、紹介していただきました。

当時、岩村田では3年男子の連帯のよさ・将棋班内の雰囲気のよさが部員たちを伸ばしてきたように思えます。この大会で引退した先輩方と交代して 2年男子が頭角を現してきました。ポニョたちの目標になったのでは。


平成18年6月 第一回東信ジャーナル杯(上田市)

将棋をはじめて2ヶ月のポニョたち。堂々B級で参戦。

このとき、一年生男子がB級で決勝トーナメント進出。ポニョ、燃える。


平成18年8月 ながの東急将棋まつり(長野市)初段獲得戦

当時はまだチーム名がなく、通称「G高ビューティ」と呼んでいました。後に「岩村田キューティ」と勝手に改名。

小学生・お兄さん・おじさんたちにも全く怖気づく様子のない3人。このころから度胸がありました。


平成18年8月「長野県にプロ棋士がやってきた!」イベント

岩村田高校での指導。

「本当に将棋をはじめて4ヶ月なの!?」と高野秀行プロをうならせる3人。

このとき、岩村田エースが高野先生に白星を挙げ、岩村田高校の実力に先生方が感嘆しました。


平成18年9月 朝日アマ長野県予選(長野市)

ポニョたち、高校生大会に出場。

遠く長野市まで武者修行♪県内のアマチュア棋士から大注目を浴びました。


平成18年10月 塩尻支部との将棋交流会

顧問先生の情熱・生徒の熱意。県内各地に岩村田応援団ができました。今回は高校新人戦に向けての特訓です!

大人ばかりか、強豪中学生・小学生も駆けつけます。

将棋班班長さんの温かみのある挨拶がとてもさわやかでした。

この日は軽井沢支部の田中連合会会長

塩尻支部の鉄血宰相先生・スタープラチナ先生・ていちゃん先生・赤木艦長先生

長野から強豪中学生のS川くん・地元佐久の小学生テツが参加しました。


平成20年1月佐久市市民新春将棋大会高校女子の部

この日、女の子の参加9名!岩村田高校・野沢南高校・野沢北高校将棋班女子。

真ん中奥で対局をみていらっしゃるのは、野沢南顧問。

佐久では将棋班の顧問同士の連携がまたすばらしいです。


平成20年3月 アマ竜王戦東北信予選(長野市)

翌週に控えた静岡県藤枝での高校女子将棋大会に向けて 力の入るポニョたち。

勝勢の対局を落とし、誰もいないところで涙を流すポニョも。大丈夫。これからずっともっと強くなれるから!


成20年3月 信州大学棋道部交流会

ポニョは藤枝大会を明日に控え、最後の調整。男子はここぞとばかりに信大強豪棋士に挑んでいました。


平成20年3月 坂城町将棋大会(坂城町)

藤枝大会から10日後の将棋大会に姿を現し、まわりをおどろかせたポニョたち。

自分の指した将棋の疑問点をすぐに顧問に聞きにいく姿。

本人は「努力」とは思っていないかもしれませんが、こういう積み重ねがいずれ大きく実を結びます。


平成20年5月 校竜王戦(小諸)

この日も、対局が終わってすぐに顧問に解説を求めるポニョたちの姿がありました。

大会の予選通過者は4名。2名全勝者は県大会進出確定。残る2つの席。3勝1敗の選手5人の争奪戦。

その中にポニョが!惜しくも岩村田の先輩に席を譲る形になりましたが、そのあとも強豪先生にみっちりしごいていただいていました。


2008年8月6日・7日 ぐんま高文祭 将棋選手権女子団体戦 

 

勝又清和先生からのメッセージ

岩村田高校頑張りましたよ。昨年優勝の幕張総合に当たり、負けたものの一歩も引かずに頑張り、2勝1敗で迎えた予選最終戦、勝てば決勝トーナメント進出という勝負で1勝1敗で最後の子が金銀三枚得の大必勝形、しかし30秒の秒読みに追われて大逆転負け…でした

結果だけ見れば2勝2敗の予選落ちでしたが、幕張にも南山にも内容では負けていませんでした。彼女たちには秋の新人戦、来年の団体戦で頑張ってもらいたいと思います。


2008年8月 ながの東急将棋まつり(長野)

前年に引き続き「初段獲得戦」に挑戦するポニョたち。

初段獲得戦が終わったら「まったりしてから帰る~」とのんびりしたことを言っていたポニョですが、周りの先生方がそれを許しません(笑)

どこでも指導対局がはじまってポニョたち、へとへと。ジュースなどを差し入れしてくれる先生もいて、その優しさに疲れも癒えたかな。

右の写真は岩村田顧問の元教え子の強豪大学生から指導を受けるポニョ。あこがれの田中四段をうっとり眺める余裕がありません。

「ながの東急で長机を貸し切り、大勢の部員達がズラっと並んで練習将棋を指す光景は、正に壮観でした。どこの会場でも自校の部室にしてしまう。岩村田の熱心さには感服です。」(MSG総統)


2008年8月東京大学将棋部交流会(上田)

顧問先生の真剣な表情から何を学んでいるのでしょうか。年のあまり離れていない大学生から学んだものも計り知れません。

まったく物怖じしない3人。さらに度胸がついてきたようです。


2008年9月赤旗名人戦上田地区予選(上田)

B級準決勝戦は姉弟対決でした。弟に軍配が上がりました。その後、決勝戦でも熱戦の末逆転勝利。弟が優勝。県大会進出。


2008年9月 第一回長野県オール学生団体戦

信州大学棋道部主催の学生による学生のための学生団体戦。大学生が主催してくれた大会に県内各地から将棋が大好きな小学生・中学生・高校生・大学生が集まりました。

このときのチーム名が「岩の上のポニョ」 以降、「ポニョ」の愛称で広く親しまれるようになりました。

みんなが昼食をとっている間、ポニョたちはさっさと食事を済ませて詰将棋と格闘。

いつも、学校でのお昼ごはんは先生の部屋に集合して将棋を指しながら・・・。

この根性が彼女たちを強くしました。

この大会でポニョのひとりが全勝賞をとりました。

どこでも人気者のポニョ。お兄さんたちが よってたかっていじめているように見えますが、実はポニョから挑んでいたりします。

 

 


平成20年11月 窪田空穂教室岩村田分校

プロ棋士の勝又先生と長野県出身の田中先生が来てくださいました。

勝又先生には詳しく矢倉を教えていただきました。

実はポニョたち、田中先生の大ファン。「田中先生はもう見れただけで幸せです(笑)」

 

アマチュア強豪・塩尻支部の鉄血宰相先生・酔象先生・東京からはみるくさんも来てくださいました。

強いお姉さん棋士から学ぶものがとても多く、ポニョたちのモチベーションはさらにアップ!

 


2008年12月 朝日アマ名人戦(長野市)

あえて学生戦ではなく一般戦で腕を磨くポニョたち。1月の全国大会に向けて一途にがんばる姿はとても頼もしい


以下2008年度「長野県の高校将棋 第18号より抜粋」  

 

将棋を始めて

佐藤加菜

 私の将棋を始めたキッカケは姉でした。家ではぶっきらぼうで、なかなか笑わない姉が、将棋の大会に行きと気だけはいつも笑っていました。「姉を笑顔に指せる“将棋”とはいったいなんなのだろうか」それから私は将棋に興味を持ち、将棋班に入りました。

 あれから2年が経とうとしています。必死に追っていた姉も卒業し、私もいつのまにか“先輩”と呼ばれる立場になりました。“キッカケは私”だったら嬉しいのですが、弟も将棋を始めて、同じ班活でがんばっています。可愛い後輩に恵まれて嬉しいのですが、やはり「後輩」に負けるのは怖いです。最近の私は、どうしてもそれが頭から離れず、負けるのを怖がって将棋を指しているように思います。

 ある本で阿久津主税プロ棋士が「勝ち組になる」と書いていました。勝ち組というのは「強くていつも勝つ人」ではなくて「結果は同あれ、楽しんだ人」のことだそうです。将棋を始めた頃は、「良い手だね」と言われるのが嬉しくて、夢中で将棋を指していました。負けても勝っても多分楽しんでいました。私は今、これを忘れてしまったのだと思います。

 まだまだ未熟ですが、もっと勉強して阿久津プロの言う、真の「勝ち組」を目指してがんばりたいです。

 

 

 

 

全国大会出場に向けて

堀内萌

 全国大会に出場が決まり、私は今、克服しなければならない課題が2つあります。

 まず、終盤力を鍛えることです。私はよく、序盤・中盤までは郵政なのに終盤でひっくり返されて負けてしまうT、という対局があります。須湯版になると、時間も秒読みに入り、あせってしまって落ち着いて指せません。そして結果的に指した手が悪手となり、負けてしまうのです。ですから終盤力を鍛えて秒読みに入っても焦らず、落ち着いて指せるようにしたいです。

 2つ目は、精神力を強くすることです。毎回、大会の1週間前くらいになると、とても不安になり胃が痛くなります。今までやってきた全てのことが信じられなくなり、勝てっこない、と思ってしまいます。そしていつも顧問の先生や周りの友達に迷惑をかけてしまいます。しかし、夏の全国大会でも学んだように、そんな弱気な気持ちで臨んだら今回の全国大会で勝つことは難しいと思います。ですから、不安なところは解決し、自信を持って臨めるようにしたいです。

 将棋を始めて2年が経ちますが、将棋を知らなかった頃と比べて今の生活はとても充実しています。毎日が楽しくて、将棋から離れて生活するなんてことは今では考えられません。将棋がすっかり生活の一部になっています。将棋と出会えて本当に良かったです。そして、いつも私を支えてくれている家族や顧問の先生、班活のみんなにはとても感謝しています。

 全国大会では、後悔しないように自分の力を遺憾なく発揮できるように、そしてベスト8目指して頑張りたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全国大会に向けて

水上穂波

 今回の新人戦を振り返ってみると、結果としては全国大会に出場することが決まりましたが、試合の内容は反省すべき点ばかりでよいところが一つもありませんでした。その反省すべき点というのは、今まで大会に出場するたびに何度も反省し課題として次の大会までに克服しようと思っていたものばかりでした。結局自分は毎日の練習の中で意識して克服しようとせず、課題を抱えたままで何も成長していなかったから今回のような結果に終わったのだと感じました。

 また同じことを繰り返して悔しい思いをしないように日々の練習によりいっそう力を入れて取り組み、それだけでなく自分に足りないものを意識しそれを補いようにして、自信をもって全国大会に臨めるようにしたいです。

 


第17回全国高校将棋新人戦全国大会 平成21年1月31日(土) 於 岐阜都ホテル

全員予選通過

佐藤 16位
水上 32位
堀内 64位
でした。

男子個人戦では

準決勝

中川慧梧(岩手)●‐○太田啓介(長野・箕輪進修)
藤居賢(長野南)●‐○田中景季(愛知・市立名東)

決勝

太田啓介(長野・箕輪進修)○‐●田中景季(愛知・市立名東)
太田君の初優勝です。

「長野県将棋情報サイト掲示板より」

お疲れさまでした。 投稿者:勝又清和  投稿日:2009年 2月 1日(日)11時02分53秒  

  皆さんお久しぶりです。前回前橋まで高校選手権を見に行った勢いで岐阜まで見に行ってきました。長野勢は大活躍でした。特に岩村田予選突破3人は、強豪幕張総合の4人についで第2位です。本戦でも皆堂々と戦いでした。佐藤さんはベスト16に進出し小野さん相手にも立派に戦いました。堀内さんも水上さんも内容が良く、負けた将棋も勝機が十分ありました。田中さんも野沢北で受け継がれた左美濃の指し回しは見事で、ベスト8の鳴滝さん相手に必勝形を築き、後一歩でした。
太田君はお見事です。失礼ながら全く彼のことを知らなかったのですが、態度も将棋も実に落ち着いていているではないですか。右玉という受け身の戦法をあれだけ指しこなす高校生は見たことありません。藤居君は好調だったはずですが、準決勝でらしくない戦型を選んで防戦一方になってしまいました。普段通りの将棋を指せれば長野ワンツーだったかもしれません。

参加した高校生の皆さん、お疲れさまでした。これからも頑張ってね。

                  勝又清和  


2009年5月 岩村田将棋班練習風景

佐久の高校では学校の枠を超えた交流会が行われ、将棋班の学生同士の交流が盛んです。

この日も、田中連合会会長はじめ鉄血宰相先生・北部遠征師団長先生・小諸支部の強豪先生が駆けつけてくださいました。

岩村田高校も新しい年度を迎え新一年生が入りました。かわいい後輩にも出来て勇気りんりんの岩村田ポニョ。


2009年5月 高校竜王戦東北信予選(小諸)

「超!」がつく高校強豪選手を前にまったくひるむことのないポニョ。

2年と少しで技術的にも精神的にもすごく強くなりました。


2009年7月 空穂教室岩村田分校

昨年11月に続いてみるくさんがまた来てくださいました。

7月末に三重で行われる高校選手権参戦に向けて、大会の心構えなどをしっかり聞いていました。

「あきらめないこと」

みるくさんの教えをしっかりと沁みこませ ポニョたちは戦いに挑みました。

ポニョたちの熱意・岩村田の情熱に石川先生・勝又先生はいつも応援を惜しまずしてくださいました。

また、県内各地の強豪先生たちもいつも足繁く岩村田に来てご指導くださって、ポニョはじめ岩村田高校生とはもとより、近隣高校・中学・小学校の生徒まで教えていただきました。

みなさんの応援を背に、ポニョたちは全国大会参戦のために三重に旅立ちました。

がんばれ!岩の上のポニョ!